ブログ『スマートウィズダム』No.5『2020年東京オリンピックの遺産(1):レガシーとしてのスマートスタジアム』

2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、レガシーとしての「スマートスタジアム」の可能性について考察するためには、スタジアムに頻繁に通うサポーターばかりではなく、普段スタジアムに足を運ばない人々の意見も反映する必要があります。今回は、若者とテクノロジーに関する調査(n=301;平均年齢20.3歳;男女比48.5%: 51.5%)から、東京オリンピックにおける「スマートスタジアム」の課題と可能性について述べたいと思います。

スタジアム内での新サービスのニーズの比較

Jリーグやプロ野球のスタジアムやオリンピック会場内での新しいテクノロジーを用いたサービスに関して、普段ほとんどスタジアムに行かない若者たちに聞いてみました。最も回答が多かったのは「ドローンによる今までにない視点からの緊迫した映像体験」(57.1%)であり、過半数を超えました。次に回答が多かったものは「VRを利用して、スタジアム内の選手目線での試合を体感できる」(51.2%)でした。この結果からNack5スタジアム大宮での調査と同様にドローンやVRを用いた今までにない視覚的な体験にニーズがあることがわかります。

図1.スタジアム内での新しいテクノロジーを用いたサービスへのニーズ

次に、Nack5スタジアム大宮での調査と今回の調査の結果を比較してみたいと思います。大きな差が出た回答として、普段スタジアムに足を運ばない若者たちは、「スマートフォンに解説が表示されたり、イヤホンで副音声を聴きながらスタジアム観戦ができる」(40.9%;大宮調査では29.9%)や「試合の疑問をAI(人工知能)が回答してくれる」(27.6%;大宮調査では4.6%)など、試合に対する解説や疑問に答えてくれるような新しいテクノロジーのサービスに対してニーズがあることがわかります。

試合のない時のスタジアムの活用案

一方、試合のない時のスタジアムの活用案についても、若者たちに聞いてみました。最も多かった回答は、「普段は選手しか入れないエリアに入れるスタジアム見学」(44.5%)であり、次に多かったのが「VRを利用した体験型360°プラネタリウム」(43.5%)でした。VR以外のテクノロジーを利用したサービスとしては、「ゾンビやSF/ファンタジー(ハリーポッターのクィディッチなど)の世界をARで再現」(33.2%)や、「ARを利用した海外アーティストや普段見られないアーティストなどのライブビューイング」(29.9%)などARを利用した企画を選んだ人が約3割いました 。

スマートスタジアム、スマートシティに向けて

「スタジアムもね、どんどん新しい取り組みしていかないとね。ただの箱じゃ勿体ないから」(50代、男性)

図2.新サービスに関するサポーターとのニーズの比較

この言葉は、Nack5スタジアム大宮でVR体験イベントを利用した50代男性の言葉です。スタジアムのスマート化への要望は若者ばかりではなく、大宮アルディージャのコアのファンである中年男性からも多く聞かれました。

スタジアムのスマート化に関する現在の課題として、Wi-Fiに接続するまでの手間や通信速度に対する不満の声が聞かれました。カフェなどのゆったりしたパブリックスペースとは異なり、スタジアムや試合観戦という特質や状況を考えるならば、接続方法をより簡潔にする必要があるでしょう。例えば、チケット購入時に登録を済ませ、スタジアム入場時には自動的にWi-Fi接続されたり、一度Wi-Fiサービスに登録すると次回からは自動的に接続されたりするなど利用者に優しいサービスが必要ではないでしょうか。このような「おもてなしWi-Fiサービス」は、スタジアムに足を運ぶ人たちに自分を「特別な存在」と認識させ、ロイヤルティを増すことにもなるのではないでしょうか。

高速のフリーWi-Fiに接続することによって、当然アプリやソーシャルメディアとのエンゲージメントも高くなります。特に動画サービスは人気のコンテンツとなるでしょう。また海外からの観戦者たちには、AIを利用した音声翻訳アプリの利用も可能になるでしょう。そして何よりも選手とのつながりに関する新たなサービス『選手×テクノロジー』サービスは、これまでにない感動や絆を与えることでしょう。

図3.試合のない時のスタジアムの活用案

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会では、競技に詳しくない人や、普段あまりスタジアムに行かない人、海外からの人たちも多く観戦することが考えられます。デジタルの急速な普及によって、40代以上の「デジタル移民」と呼ばれていた世代も、ビルゲイツやオバマのようにスマートフォンやソーシャルメディアを使いこなす「デジタル実践者」となっています。

2020年東京オリンピックに向けて、みんなで一緒にレガシーとしてのスマートスタジアムの様々な活用法を考えることが大切だと思います。このプロセスを通して、地域コミュニティが活性化され、ソフトレガシーとして、地域住民主体のスマートコミュニティやスマートシティ、さらにはスマートジャパンを形成することが可能になるのではないでしょうか?2020年東京オリンピック・パラリンピックのソフトレガシーの可能性については、次回詳しく述べたいと思います。

参考文献
高橋利枝「ICTの利活用による地域の活性化に関する調査研究」NTTグループ委託研究、2017年1月。

高橋利枝(メディア・エスノグラファー、早稲田大学文学学術院教授)

About Toshie Takahashi

Toshie Takahashi is Professor in the School of Culture, Media and Society, as well as the Institute for Al and Robotics,Waseda University, Tokyo. She was the former faculty Associate at the Harvard Berkman Klein Center for Internet & Society. She has held visiting appointments at the University of Oxford and the University of Cambridge as well as Columbia University. She conducts cross-cultural and trans-disciplinary research on the social impact of robots as well as the potential of AI for Social Good. 【早稲田大学文学学術院教授。元ハーバード大学バークマンクライン研究所ファカルティ・アソシエイト。現在、人工知能の社会的インパクトやロボットの利活用などについて、ハーバード大学やケンブリッジ大学と国際共同研究を行っている。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会テクノロジー諮問委員会委員。】
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