江戸東京博物館と言えば、日本の伝統文化を伝える場。江戸時代の人々の暮らしや文化、文明開化による日本の近代化のプロセスを疑似体験できる場。そこに、なぜイタリアの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが?そんな好奇心を抱きつつ、特別展を訪れてみた。
日本とイタリアの国交樹立150周年を記念して『レオナルド・ダ・ヴィンチ−−天才の挑戦』と謳われた特別展。天才レオナルド・ダ・ヴィンチが挑戦したのは、空を飛べないという人間の限界。その限界を、空を飛んでいる鳥を徹底的に研究することによって越えようとしたのである。鏡文字で右から左に書かれた色あせた直筆のノートからは、情熱と熱意が時を超えてひしひしと伝わって来る。
一方、江戸時代の日本の伝統芸術にも、ダ・ヴィンチのような天才の挑戦を見ることができる。常設展で実演されている『からくり人形』の美しさと精巧さは、まさにダ・ヴィンチに通じるものがある。今、江戸東京博物館では、イタリアと日本の卓越した芸術性と科学技術、そして情熱と熱意によって、人間の限界を超えた数々の挑戦を見ることが出来るのである。
ダ・ヴィンチの特別展は、この『鳥の飛翔に関する手稿』と『糸巻きの聖母』を中心に企画されている。『糸巻きの聖母』はダ・ヴィンチによる数少ない絵画であり、その希少性からルーブル美術館の『モナリザ』と同様に長蛇の列があった。そのためこの列はダ・ヴィンチ展をはみ出しバックヤードの青白い蛍光灯が光る廊下へと続き、博物館の観客たちはしばしの間無味閑散な現実の世界に連れ戻されてしまう。
もしこの通路の脇にある真白き空間に、現代のデジタル技術を用いて、天才ダ・ヴィンチが情熱をかけて書き残した数々のアイデアをCGシミュレーションしたり、3Dプリンターで作成した模型があったりしたらどんなにいいだろう。そしてもし私たちの動きに合わせてダ・ヴィンチのCGイメージが変化したり、3D模型に自由に触れることができたりしたら、大人も子供もどんなにワクワクするだろう。16世紀イタリアに生きたダ・ヴィンチの頭の中にあるイメージを、21世紀日本にいる私たちが体感することができるのだから。
デジタル技術の進歩によって私たちは、自分の頭の中にあるアイデアをソーシャルメディアを用いて簡単に世界の人と共有したり、CGや3Dプリンターを用いて形にしたりすることができるようになった。そんな時代を生きている私たちに課せられた使命とは、かつて科学技術大国と呼ばれた日本を、AIやロボットなど最先端技術を用いて再生し、現在の混沌とした世界に暮らす人びとがより幸せになるために、ハードでもソフトでも世界をリードしていくことではないだろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチが江戸東京博物館にやって来たのは、人間の限界に挑戦した情熱と熱意を私たちに思い起こさせ、デジタル時代の天才ダ・ヴィンチを日本から誕生させるためなのかもしれない。
高橋利枝(メディア・エスノグラファー、早稲田大学文学学術院教授)