「コミュニケーションの複雑性モデル」についてコンピューター・イメージを用いて国際マルチメディア学会で発表をしました。
複雑系のパラダイム
社会科学者や自然科学者は既存のパラダイムでは観察することの出来なかった、あるいは例外とされ捉えることの出来なかった、複雑で動態的(ダイナミック)な現象を捉え、説明力を加えるために「複雑系」のパラダイムを用いています(cf. Eve, 1997)。複雑系のパラダイムは、これまで多くの異なった学説から創発し、異なった形で発展されてきました。
このパラダイムの中で最もよく知られているものは、「バタフライ効果」とよばれているものでしょう。「バタフライ効果」とは例えばある日北京でチョウが羽をゆるがすと、1ヵ月後にはニューヨークでハリケーンが生ずるというような「初期値に対する非常に敏感な依存性」を例示しており、1963年マサチューセッツ工科大学の気象学者エドワード・ローレンツによって、カオス理論が見い出されました。
カオス理論(Lorenz, 1993)とフラクタル(これまでの要素還元主義を脅かす発見であり、全体をどんなに細かく分割してもその部分には依然として複雑性を含んでいる(Mandelbrot, 1983))は数学における複雑系のパラダイムの例として有名です。物理学においては自己組織性や相転移[1]などの非線形力学、生物学においては自己適応性や自己複製性などの発見があります。
複雑系のパラダイムは自然科学の分野から創発し、経済学における限定合理性や収穫逓増、社会学におけるオートポイエーシスや自己組織性(例えば今田, 1986; 吉田, 1990, 吉田・鈴木, 1995; 西垣, 2004ほか多数)など多くの社会科学おいても既に応用されているのです[2]。
コミュニケーションの複雑性モデル
アパデュライ(Appadurai, 1996)はグローバル社会における文化的複雑性と動態性(ダイナミズム)を捉えるために、複雑系のパラダイムにおける人文学版の理論モデルの必要性を指摘しています。
乖離的なフローに基づいたグローバルな文化的相互作用に関する理論が、機械的な譬喩を超えた力をもつようになるためには、科学者たちにときおりカオス理論と呼ばれている理論のいわば人文学版へと移行していかねばならないであろう。つまり、われわれが問いかけていかねばならないのは、複雑で重層的かつフラクタル的な形態が、どのようにして(大規模であったとしても)単純で安定的なシステムを構成しているのかということではなく、その力学の正体そのものなのである。(p.46, 邦訳p.93)
この学会発表では、個人、社会集団、文化など様々なレベルにおける複雑性とその間の動態的(ダイナミック)な相互作用を示すため、複雑系のパラダイムから4つの概念-相互作用、自己組織性、適応的、カオスの縁-を用いて、統合的枠組みである「コミュニケーションの複雑性モデル」を提示しました(図2.7)。
図2.7ではモデルを簡略化するために個人、社会集団、文化の3つのレベルに分類しています。しかし、ミクロとマクロの間には多数の複雑なシステムが存在し、相互に結び付き、各々動態的(ダイナミック)に相互作用しあっていて、それぞれを孤立して理解することは出来ないのです(図2.8)。個人は様々な社会集団の中に、また社会集団は文化の中に入れ子状態になっており、絶え間ない相互作用とフィードバックによって密接に影響を及ぼし関係しあっているからです。
この国際学会では、「コミュニケーションの複雑性モデル」について、個人、社会集団、文化の3つのレベルの複雑性と動態的(ダイナミック)な相互作用をコンピューター・イメージを用いて解説をしました。
詳細は、高橋利枝「デジタル・ウィズダムの時代へ:若者とデジタルメディアのエンゲージメント」新曜社(近刊)を参照してください。
Takahashi, T. “Complexity Model of Communication with Computer Images” 2016 Multimedia and Applications, London, UK, August 2016.
注釈
[1]個体、液体、気体など、物質にはさまざまな相(phase)が存在するが、それらは、温度や圧力を変化させることによって、別の相に変化する。例えば、1 atm下で、室温における水(液体)は、100℃において水蒸気(気体)になり、また、0℃において氷(個体)になる。このような相の変化を相転移という。(複雑系の辞典、2001、p.212)
[2]例えばルーマンがプリゴジンの「散逸構造論」やヴァレラとマトゥラーナの「オートポイエーシス」を参照して自己組織的なものとして社会システムを捉えていることは有名であろう。