ブログ『スマートウィズダム』No.7『スマートホスピタリティ:多言語翻訳アプリVoiceTra』

パナソニックの星見さん、石黒さん、葵さんと。

2020年東京オリンピック・パラリンピック大会で、日本を訪れる外国人にとって最も大きな問題は何でしょうか?

浅草、渋谷、原宿で外国人観光客190名に聞いたところ、「言葉の壁」という答えが最も多かったです。しかしながら、2年後のオリンピックまでに国民全員が英語やフランス語、中国語など、日本を訪れる外国人に合わせて言葉を習得するのは、不可能というもの。そのため多言語音声翻訳アプリの開発に期待が寄せられています。翻訳アプリというとグーグル翻訳などが頭に浮かびがちですが、今回は日本が誇るVoiceTraについて、政府や企業など技術開発者に対するインタビューから述べたいと思います。

グローバルコミュニケーション計画

2014年4月11に総務省はグローバルコミュニケーション計画を発表しました。ミッションは「世界の『言葉の壁』をなくす」こと。ビジョンとして次の3つが掲げられています。(1)グローバルで自由な交流の実現、(2)日本のプレゼンス向上、(3)東京オリンピック・パラリンピックでの「おもてなし」。また内閣府も、東京オリンピックに向けた科学技術イノベーションの9つのタスクフォースの一つとして、「スマートホスピタリティ」をあげています。「スマートホスピタリティ」とは、訪日外国人の言葉の壁をなくし、移動や会話に伴うストレスのない「やさしいおもてなし」をすることです。

AIと多言語音声翻訳アプリVoiceTra

情報通信研究機構(NICT)では、「多言語音声翻訳技術を東京オリンピックまでに普通の技術となるように社会への普及を図る」ことを目標としています。ユニバーサルコミュニケーション研究所長の木俵豊さんによると、1986年、すでに30年前から音声翻訳の研究開発を行なっており、2010年に世界初の多言語音声翻訳アプリVoiceTraを誕生させたそうです(図右)。VoiceTraでは日本語から世界31言語に翻訳することができます。良質な大量のデータからAIによる機械学習などによって翻訳の精度があがるため、様々な形で社会に出して、多くの利用者の音声データやフィードバックを収集したビッグデータが必要になるそうです。

VoiceTra技術の社会への広まり

そのためVoiceTra技術は、NTT docomoのしゃべってコンシェルなど、多くの企業で商品化されています(図右)。各企業の取組について、インタビューから簡単に述べたいと思います。

パナソニックはショッピングやホテルのフロント、駅、鉄道、街中など騒音にも対応できるタブレット型やウエアラブルなペンダント型を開発しています。東京オリンピックで大勢の観客を誘導する際に、メガホン型翻訳機「メガホンヤク」は大活躍するのではないでしょうか。

ヤマハはショッピングや駅の構内放送、バス、電車などの車内におけるアナウンスを、それぞれの言語に対応した文字で表示する「おもてなしガイド」を開発しています。インターネットではなく音に反応するため、災害時などインターネットが繋がらないときも外国人や聴覚障害者の不安を減らすことができます。「音の会社」ならではの「音のユニバーサルデザイン化」を目指しているそうです。

対話型ヒューマノイドロボットEMIEW3

日立は、鉄道を担当し、成田空港から競技会場やホテルまでをサポートします。デジタルサイネージにおける人感センサーや対話型ヒューマノイドロボットEMIEW3などにVoiceTraを利用し、訪日外国人がストレスなく移動できるように多言語で案内をします。

翻訳の精度を上げるためには、専門用語に関するデータも必要になります。富士通は医療分野を担当し、東大附属病院と共同で医療に関する専門用語に強いVoiceTraを開発しています。また、病院では端末に触れると感染の恐れがあるためハンズフリーで、使い方を知らない外国人でも誰でも簡単に会話が出来る音声翻訳を開発しています。

VoiceTraと異文化理解

KDDIは観光タクシーにVoiceTraを用いています。技術開発本部の階さんによると、鳥取市での訪日外国人向け観光タクシーの実証実験は大成功を収め、インバウンドや地域の活性化に大きく貢献しているそうです。最後にこの事例について述べたいと思います。

観光タクシーの運転手の仕事は、ただ観光客を乗せて走ればいいのではなく、3時間、名所旧跡に関して説明し、案内をすることが仕事です。しかしながら、日本人観光客であれば「このお城をみてください。何年に誰々が作って…」など、その歴史について説明出来るものが、外国人観光客に対してはただ黙って運転するしかない。そのためプライドが傷つけられるような気がするそうです。

YAMAHAにて岩瀬さんと石田さん、瀬戸さんと。

しかしながらVoiceTraをタクシーに導入したことによって、たとえ完璧でなくても会話をすることができる。タクシーという閉ざされた空間の中でお互いに努力しながらコミュニケーションをとることによって、ある種の一体感が生まれる。台湾から来た観光客から3時間経って別れる時に、「運転手さん一緒に写真を撮ってください」と言われた時は、すごく嬉しかったそうです。それ以来、好んで外国人観光客の観光案内をするようになったそうです。

鳥取市では、実証実験の期間が終わった後、観光タクシーだけでなく、ホテルや土産物店などにVoiceTraを置くようになりました。自治体も訪日外国人に対する対応について講習を行うなど、積極的な取り組みをするようになり、みんなが自信を持って対応できるようになったそうです。

異文化理解のための第一歩は、恐れずにコミュニケーションをすることです。多言語翻訳アプリがあることで、「言葉の壁」だけでなく、外国人に対する「意識の壁」が取り除かれることが最も重要な効果だと思います。インバウンドや地域活性化といった経済効果とともに、日本人の精神的な面の「開国」にVoiceTraは大きな貢献をしてくれると思います。オリンピック・パラリンピック競技大会を日本で開催することの重要な意義の一つは、日本国内において一人一人が異文化コミュニケーションを体験し、文化の違いを超えてお互い理解することの葛藤や喜びを感じる貴重な機会が持てることではないでしょうか。

このインタビュー調査の結果は、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(第 4 回 テクノロジー諮問委員会;2016年12月)にて、『日本における多言語翻訳の現状:(中間報告)ヒアリング調査より』と題して報告を致しました。

NiCTにて木俵さんと鳥澤さんと。

謝辞

インタビュー調査に関しまして、多大なるご尽力を頂きました、情報通信機構黒瀬泰平理事、先進的音声翻訳研究開発推進センター(ASTREC)内元清貴企画室長はじめ、関係者の皆さまに心より感謝いたします。ご協力どうもありがとうございました。

インタビュー調査協力者一覧(敬称略、肩書きはインタビュー当時)

国立研究開発法人情報通信研究機構 2016.9.28

ユニバーサルコミュニケーション研究所長 先進的音声翻訳研究開発推進センター センター長、統合ビッグデータ研究センター センター長、ソーシャルビッグデータ研究連携センター センター長 木俵 豊

データ駆動知能システム研究センターセンター長 鳥澤 健太郎

ヤマハ株式会社 2016.10.17

日立製作所にて吉川さん、高田さん、谷尾さんと。

新規事業開発部 SoundUDグループ リーダー 岩瀬 裕之

新規事業開発部 SoundUDグループ プロデューサー 石田 哲朗

新規事業開発部 SoundUDグループ チーフプロデューサー 瀬戸 優樹

株式会社日立製作所 2016.10.24 

社会イノベーション事業推進本部 サービス統括本部 サービス事業推進本部 トータルエンジニアリング第二本部 スマートソサエティ部 主任技師 吉川 健多郎

サービス事業推進本部 トータルエンジニアリング第二本部 スマートソサエティ部 技師 高田 健太郎

株式会社日立超LSIシステムズ

事業推進センター 新事業推進部 担当部長 谷尾 晴比古

富士通研究所にて長瀬さん、鈴木さんと。

株式会社富士通研究所 2016.11.1

メディア処理研究所 感性メディア処理PJ 主菅研究員 長瀬 友樹

メディア処理研究所 感性メディア処理プロジェクト 主菅研究員 鈴木 政直

パナソニック株式会社 2016.11.14

AVCネットワークス社 技術本部 技術開発研究所 技術開発2部 開発1課 上級主幹技師 星見 昌克

技術開発研究所 所長 石黒 敬三

技術開発2部 開発1課 蔡 鶴

KDDI株式会社 2016.11.21

技術開発本部 技術戦略部 研究開発企画グループ 課長補佐 階 有良

内閣府

政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付(総合科学技術・イノベーション会議事務局)参事官(社会システム基盤担当)布施田英生

政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付 参事官補佐(社会システム基盤担当)下田潤一

高橋利枝(メディア・エスノグラファー、早稲田大学文学学術院教授)

About Toshie Takahashi

Toshie Takahashi is Professor in the School of Culture, Media and Society, as well as the Institute for Al and Robotics,Waseda University, Tokyo. She was the former faculty Associate at the Harvard Berkman Klein Center for Internet & Society. She has held visiting appointments at the University of Oxford and the University of Cambridge as well as Columbia University. She conducts cross-cultural and trans-disciplinary research on the social impact of robots as well as the potential of AI for Social Good. 【早稲田大学文学学術院教授。元ハーバード大学バークマンクライン研究所ファカルティ・アソシエイト。現在、人工知能の社会的インパクトやロボットの利活用などについて、ハーバード大学やケンブリッジ大学と国際共同研究を行っている。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会テクノロジー諮問委員会委員。】
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